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坂本慎太郎 幻との付き合い方 Pitchfork和訳

 

坂本慎太郎 『幻との付き合い方』

 

 

坂本慎太郎を理解するには、トッド・ラングレンをまず説明する必要があるだろう。スタジオに引きこもり、プラトニックで彼の理想のポップミュージックを作り出す前に坂本はラングレン同様、サイケポップガレージバンドからキャリアをスタートさせた。

 

 

坂本慎太郎を理解するには、トッド・ラングレンをまず説明する必要があるだろう。スタジオに引きこもり、プラトニックで彼の理想のポップミュージックを作り出す前には坂本はラングレン同様、サイケポップガレージバンドからキャリアをスタートさせた。そこまでは同じであるが、1970年代を通しての彼のソロの特異的で退廃的なLPのリリースの前にラングレンはNazzというバンドでの活動を2年しか行わなかったのに対し、坂本は偉大なゆらゆら帝国というバンドをこのソロデビュー作を発売する前までの1989年から2010年の間、率いた。多くの過去数十年間そうであったように、日本国内では人気を誇っていたが、アメリカではただのカルトバンドとして認識された。

『幻との付き合い方』の申し分なくゆったりしたポップさは規模は小さいがアメリカの熱心なリスナーとの関係を運命付けたように思える。

 

 

坂本は『幻との付き合い方』でセルフプロデュースし、また、多くの楽器を演奏しているが、これは、『Something/Anything』の写真の人目につかないホテルで神になりきるラングレンのイメージ(http://www.inthestudio.net/wpcontent/uploads/2012/02/todd2.jpeg)を彷彿させる。しかし、坂本がコンガを叩きながら、つま先でコンガの音色の調整するのことを想像するのは容易いが、『幻との付き合い方』を聞いた感じは精神が疲れきったビジネス旅行者のためにホテルで演奏する不特定多数のバンドや不幸な早朝の瞬間のサウンドトラックを彷彿させる。彼は、情熱的なリードボーカルというよりも。日本版ブライアン・フェリーといったところである。ラングレンとスティーリー・ダンや時々、Juan Garcia Esquivelの『Space Age Bachelor Pad』(Esquivel - Surfboard - YouTube)のようなポップな曲を無機質的に日本語で歌う。音楽家とリスナーとの間に確固とした距離を置きながら。

 

 

しかし、このアルバムを掘り下げれば、ミュージシャンが世界的に影響を与え始めた頃の過去のポップを聞くことになるだろう。それは1960年代後半のブラジルでのトロピカルな瞬間であったり、1990年代の坂本の故郷、東京での渋谷系のムーブであったりする。これらの音楽に影響を受けたサウンドであるが、アルバムジャケットの坂本と一緒にポーズをとるマネキンのように頑固であり、実体がつかめないサウンドである。これが『幻との付き合い方』の天才的な部分である。

 

 

実体が掴めないが、潔癖とは程遠い。多くの読者は、この区別を普通のペプシとダイエットペプシくらいの違いと思うかもしれないが、ずっと大きな違いがある。『幻との付き合い方』は自意識を感じるだけでなく、ハービー・ハンコックの"Rockit”の家(Herbie Hancock - Rockit - YouTube)でレコーディングされたようなユーモアを感じることができる。

 

 

私は"仮面をはずさないで"の中に現れる"Shakedown Street"(Grateful Dead - Shakedown Street (Studio Version) - YouTube)のギターリフに釘付けとなり、この歌のコンガ、坂本のラブリーでメロディアスなベースライン、そして極めつけが、最高にうるさいサックスソロが私のこのアルバムへの愛情を確固たるものとした。"傷とともに踊る"の2回目のフルートのブレークか、"ずぼんとぼう"で流れる水族館のエアーポンプのエフェクトを聞いたときか、それともひょっとしたら、オープニングトラック(幽霊の気分で)を通してのGetz/Gilberto(ゲッツ/ジルベルト - Wikipedia)風のゆらぎが五感を走るときかに、このアルバムのいかにも人工的な感じがBeckのいうそれよりもS1m0ne(アルパチーノ主演のSF映画)に近いことが明確になってくる。

たぶんこれが坂本のスキルの向上のさせ方なのだろう。それはつまり、不気味な丘を行くことなく、亡霊と戯れるということが。